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3月17日、富貴寺で保存修理作業を終えた石造物の搬入・据付作業が行われました。
今回の作業は、宗教法人富貴寺が事業主体となり、大分県・豊後高田市の補助による「富貴寺境内石造物保存修理事業」として行われたものです。
保存修理事業の対象は、国史跡・富貴寺境内に所在する大分県指定有形文化財の石造物である富貴寺笠塔婆(かさとうば)・富貴寺板碑(いたび)・富貴寺石殿(せきでん)。
鎌倉時代(約780年前)から南北朝時代(約660年前)にかけて造られたこれらの石造物は、経年によって石の表面に地衣類・コケ類などの着生生物が付着し、文化財を傷める危険性があったため、クリーニング及び劣化防止処理などの保存修理作業を施しました。
この日は、参道石段登り口の『石殿』と、同じく参道脇の『板碑』が、大分市の工房での保存修理作業を終えて、約4ヶ月ぶりに戻ってきました。
まずは石殿の本体(軸・笠部)がクレーンを使って、慎重に元の位置に戻されました。
石殿の軸部には、十王(仏教や道教などにおいて死者の魂を裁く十人の裁判官のこと。閻魔(えんま)王などが有名)が彫られていて、今回のクリーニングによりコケ類などの着生生物が除去され、その姿をはっきりとあらわしました。
地衣類やコケに覆われていた石殿の笠(屋根)も、着生物をきれいに除去し、欠損していた部分も接合され、完全な姿を取り戻すことができました。
引き続き参道の石段脇に傾斜して立っていた板碑(富貴寺大堂の修理に尽力した僧・祐禅の七回忌供養によるもの)の搬入作業。板碑は、元の位置に戻すことは作業上困難であるため、今後は訪れた方にもわかりやすいよう、富貴寺大堂の東側に移設されました。
本堂へは、クレーンでの作業ができないため、トップカー(小型運搬車)を使って運び、準備していた基礎(囲み石)に根元を差し込み、固定され、この日の作業を終えました。
作業を見守っていた富貴寺副住職 河野順祐さんは「十王さんの姿がはっきり見えるようになり嬉しい。(破損していた石殿の)屋根も修繕できて良かった。多くの人に見に来てもらいたい」と話してくれました。
保存修理を終えて、きれいな姿を現した石造物を、ぜひ現地でご覧ください。
富貴寺境内石造物保存修理事業に関する資料[PDFファイル/1.4MB]
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素通りなんてもったいない!富貴寺参道の石造文化財たち